ヒプナゴジア

寝不足のときに閃くこと

さびしいのは心をほったらかしにしているから。

ここ数年前まで、ずーっと心にぽっかり穴が空いていて寂しかった。

さいころから、それまでずっと。

彼氏といても、友達といても、ずっと寂しかった。

寂しくてお酒や過食に走ったりした。それでもだめだった。

 

最近気づいたのは、それは自分の心をほったらかしにしていたからだ、ということ。

自分の心に触れようとしなかった。

自分の本音を聞こうとしなかった。

それよりも、他人にどう思われるか、それを気にして行動していた。

 

そしたら、ほったらかしにされた心が、さびしいよー気づいてよー。って、

そんなことしたくないよー、やめてよーって声を上げていた。

それにも気づかなくて、でも寂しさや謎の不満がつのって、お酒や過食に逃げていた。

 

ほんとうは、心にたくさん栄養をあげてあげることがいちばんだった。

したいことをする、したくないことはしない。

たとえば、好きな服を着る。

食べたくないものは食べない。

休みたいときは休む。

笑いたいときは笑って、泣きたいときは泣く。

なにか強制されても、嫌なものは嫌と突っぱねる。

 

私は恐い母に怒られないように、顔色をうかがってばっかりだったからなぁ。

 

今は少しずつ、自分の心のやりたいようにやっていってる途中だから寂しさは少なくなってきました。

まだまだ、心の声を無視してしまうときもあるから、これからだけど。

この世は等しくくだらない。

実は世界はくだらないものしかない。

私も、あの人も、上司も、

ホームレスも、大企業の社長も、

高級マンションも一軒家もボロアパートも軽自動車も外車も。

すべて価値は同じ。すべてくだらないものである。

 

偉そうにしている上司も、ほんとうはくだらない存在。

かくいう私も、くだらない存在。

だから期待しない、怒らない。

上司に怒られても、自分が失敗しても、誰かに笑われても、

あー、でもどうせみんなくだらないしな。

くだらないやつに何言われても平気だし、くだらない私が失敗しようが別にそんなもんだしな。

そう思えたら気が楽。

しかも、お笑いとかってくだらないものの方がおもしろかったりする。

こどもなんてくだらないことでゲラゲラ笑う。

だから、くだらないこの世の中は、実はめっちゃおもしろい。

くだらないものしかないから、全て楽しい。

このくだらない世界を諦めて、そしてそのくだらなさを思いっきり楽しもう。

期待は不幸のはじまり

ここ最近モヤモヤすることが多かった。

その原因について考えてみた。

もうすぐ誕生日なんだけど、彼氏が翌日に休みをとって当日会いに来てくれる。

でも当日は何時に仕事が終わるか分からない・・・

私はそれまでどうすれば??

そもそもなんで休みを翌日に??

当日にしてくれればよくない??

とモヤモヤモヤモヤモヤ・・・

と、ネガティブ不満の渦に堕ちて気付かなかったんだけど、私期待してたんだ。

彼氏が誕生日を祝ってくれるという期待。

そもそも他人が自分の生まれた日を覚えてくれていて、

なにかしてあげようと思ってくれているだけでもありがたいことなのに。

なのに、

どうせならちゃんと時間決めて会いに来てよ。

休みは誕生日当日にすればよくない!?

なんて過度な期待をしてしまった。

 

いけない、いけない。

人に期待するのはイライラ不幸へのスタートラインだ。

そもそも自分にも期待してはいけない。

きれいになろうと期待して美容をがんばっても、全然成果が出ない。

イライラ・・・

がんばって仕事してるのに認めてもらえない。

イライラ・・・

実はこの世界、自分のことですらも思い通りにはならない。

だって自分は天から借りてる器だし、目の前の現実は思うようにならないゲームの世界。

期待するだけムダ。

期待するぐらいなら、諦めて、このくだらない現実世界を楽しもう。

この世界はほんとうにくだらない。

でも、くだらないからこそ楽しい!

今すぐ期待を捨てよう。そしてくだらない現実を楽しめばいい。

誕生日に寄せて

3月18日で34歳を迎える。その前に振り返りをしたいと思ったのでこの場をお借りする。

33歳は、自分の可能性に挑戦することが多かったように思う。

職場の先輩がいなくなって、それまでの仕事が全部自分にふりかかってきた。イライラしながらでも何とかこなし、どうにか慣れて落ち着いた。

秋からは、ずっと悩んできた一人暮らしにようやく挑戦し始めた。

そこから急速に運命が動き出した気がする。

まずは、お金についてのメンタルブロックを外そうとした。お金を割と好きなように使っても、大丈夫かもしれない。そういう仮説を立てて、あまり考えずに使うようにした。また、食についても同様に、お米生活を始めて、自分のなかで禁止していたものを解除した。

そうすると、不思議と自己肯定感が上がった。わたし、お金使ってよかったんだ。お米食べてよかったんだ。そうしても別に大丈夫だった!そう思えるようになった。

大丈夫がちょっと身についた。

そう思えるようになると、またいろんな閃きが出てくるようになった。

この世界について。この世界は仮想現実で、パラレルワールドがいくつも存在する。

生まれてから死ぬまでの場面は、すべて横並びに、同時に存在している。今ここで何かを願うと、その思いが同時に存在する過去か未来に作用して、実現する。

願いの実現のさせ方を理解した気がする。想像すればいい。そうなると決めたらいい。

一人暮らしを始めてから1月ぐらいで、婚活?を始めた。というよりは、一人で寂しさを味わい、これからの人生、感動やちょっとした喜びを共有できる人を見つけて、一緒に生活したい、と切に思うようになった。ということで、アプリを始めた。

11月に、ふたり会った。ひとりは、もう絶対ない、と思ってたけど、約束した手前、会った。消化不良だったけど、いつもならストレスで飲みなおしたりするところを、早く帰って寝よう。と思えた。たぶん、けっこう成長したんだと思う。人に(異性に)期待するのをやめることができたのかな。

その翌日、他にやりとりしていた人と急に会うことになった。いい人だけど、こっちに興味なさそうだし、無いんだろうな。と思った。

それでも、めちゃくちゃ性格がいい人だったから、隣県からわざわざ会いに来てくれたお礼がしたくて、翌月、私から会いに行くことにした。会いに行って、お礼のお土産を渡して、お酒を飲んで終わった。

その人とは、付き合うとか、付き合いたいとかは分からなかったけど、なんとなく大人の関係になるんだろうな、みたいなのはあった。

実際、3回目に会ったときに、そうなった。

それから2回会ったときぐらいに、付き合おうって言われた。

彼とは、笑いのツボとか感覚が不思議なぐらい合って、一緒にいてとても楽しかった。時間があっという間に過ぎた。

ということでとりあえず一緒にいて楽しく過ごせる人は見つけられた歳だった。

それ以上に、精神的な気付きが多く得られた歳だったと思う。

昨日もまた、気付きがあった。

彼と会うときは、いい風に見られたいがために、必要以上に緊張してしまって、自分をぎちぎちに制限している。それなのに、彼がのほほんとしているから、イライラしてしまった。

本当は、私が、自分のダメなところを隠して、見せないようにして、それで空回りしていたのに。だから、もう、自分のダメなところは私が受け入れることにした。どんくさいな、とか遅刻癖があるところとか、まるっと受け入れる!認める。そんな私でいいんだ。

でも、その前のイライラを彼に少しぶつけてしまって、すでに不穏な空気になってる。まぁ、別れても仕方ないかぁ。。諦めよう。

まだまだ、これから改革は必要になる。

34歳も積極的に気付きを増やして、さらに機嫌良く楽しんで生きられるようにしていきたい。

 33歳の自分、お疲れ様でした。

やっていこうね、34歳!

かんたんな願いのかなえ方

願いが叶う方法。

①それは、まず願うこと。

②そして、実現するということを信じること。

 信じて思い込む、そうなると決めること。

③そうなると決めたら、わくわくすること。

④そのわくわくしていることを感謝すること。

⑤そして、最後は何もしないこと。

 

 ーー以下詳述します。--

 

①まずは、願う。これがないと始まらない。

②叶うということを信じる、そうなる未来を決定する。

 自分の心の奥で、それを信じていないうちは叶いません。
 人は想像できないことは起き得ないからです。
 だから、決め込む。私はこうなるんだ、こうなる先が決まっているんだ、と信じて疑わないようにします。

③願いがかなった状態を想像してわくわくする。

 わくわくした状態は、プラスの周波数をもっています。いい周波数を放っていると、その人のまわりには似たようないい波がやってきます。引き寄せ的なやつです。

④わくわくしていることに感謝すること。

 わくわくしている状態になれば、もうすでに叶ったも同然。だって、すでに叶ったときと同じ心境にいるんだから。だから、この現状に、そしていつかやってくるその叶ったときのことを感謝します。誰に?宇宙とか神様とか、守護霊とかにです。

⑤これ以上は何もしない。

 ④までやったらあとはもうその日を待つだけです。じたばたと何かしようとしたりしません。自分で何かしようとすると、宇宙の他力本願パワーが弱くなってしまいます。もったいないです。感謝したら、あとは他力に任せる。自力では何もしない。

 

という流れで、つまりはというと、叶うと決めて、わくわくして、宇宙に感謝する!ということだけです。

宇宙に身を委ねていたら、きっと絶対大丈夫ということを信じましょう。

能天気が最強

この世は何も考えなくても動いていく。

自分の意思とは違うところで動いていく。

そこで何かもがいて、一時はうまくいったと思っていても、いずれ淘汰される。

この世は諸行無常。私たちが計り知れない宇宙の法則に従って流れている。

こんな世の中にはもう何も抗わないのが一番。

能天気に、なされるがままに生きよう。

その流れるような人生を楽しもう。

そう、能天気に。

大丈夫、どうにかなるよ!

私は何があっても大丈夫だからね。

能天気に、楽しく生きたもん勝ちだ、きっと。

信じて愛しきればいい

この世界はただの仮想現実だ。

目の前の世界はただの幻想。

いわゆる映画やゲームの世界のような。

 

今までの生活のなかで、何かあれをしよう、これをしようとがんばってもうまくいかなかったこと、ない?

逆に、全然がんばってないのに楽しんでやっていたらいい結果が残せたこと、ない?

実は、この世界って他力でできている。

他力って、たぶん宇宙の力とかそういう類。

私たちは、何もしなくても宇宙に愛されている。

だから、自然体でいれば、自然と自分にあった状況が現れてくる。

 

ゲームのキャラクターが無理にあっちに行こうとしてても、私たち外のプレイヤーが引き戻す。

キャラクターは外の人たちに委ねて行動している。

外の人に委ねていればだいたい魔王のところまで連れて行ってくれて、勝ってくれる。

そんな感じ?

だから、無理になにかしようとしなくていい。

周りの流れに任せていればいい。

自分はただ、リラックスして、現状を思いっきり楽しむだけ。